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| ◆◇「喜怒哀楽」豊かに感情の表現ができるという状態はいいですね◇◆ |
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心をいい状態に保つために、心とどうつきあっていったらいいのでしょうか?
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喜怒哀楽が今自分にあるかどうかを確かめることです。自分は最近よく泣いているか、最近よく笑っているか、声に出して笑っているか、を確かめます。
例えば「きれいな花だなあ」「夕日がきれいだなあ」「ちょっとこわそう雲だなあ」と感情が反応することです。
しかし、心の病にかかると、喜怒哀楽がなくなり、みんな、どんよりしてしまいます。
だから、「喜怒哀楽」豊かに感情の表現ができるという状態はいいですね。
あんまり激しい人は、困りますが、普通に涙を流すのはいいことだと思います。
感動する映画を見て、ポロっと涙を流すとか、楽しいシーンがあったら、「わっはっはっ」と笑うとか。このような感情の発露はとてもいいことです。
心の中には「アンテナ」があります。
心の中には「アンテナ」があって、その「アンテナ」は、プラス思考波とマイナス思考波を選択して拾うことができます。その「アンテナ」がマイナス思考波のほうに向いていると、マイナスの情報、つまり「怒り」や「憎しみ」など悪い情報ばかりを拾ってしまいます。
そうすると、自分の心が怒りであふれて、自分から出てくる言葉というのは、「怒り」や「憎しみ」に溢れたものになってしまいます。
一方、プラス思考波のほうにアンテナが向いていると、プラスの情報つまり「感謝」「謙虚」などを拾います。またプラス思考波をさしている場合は、たとえ、マイナスの情報があっても、この情報はいらないというように、取捨選択できるのです。
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プラスのほうにいかせることはできるのですか?
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私は、よく「自分の心を点検しなさい、見つめなさい、そこから命の泉が湧く」と話すのですが、今自分の心の中にどういう思いがあるのか、毎日考えています。
その日の出来事や思いを整理することが大切です。
●うまくいったことや朗報には感謝します。
●口げんかなどして後悔していることがあれば反省すべきです。
そして明朝、謝ろうと決断することです。
例えば、喧嘩すればその時は「怒り」があるでしょう。しかし、いつまでも「怒り」に身を置いておくことは心身にも良くありません。
たとえ自分は悪いとは思わなくても、自分から謝ることはいいことです。自分から「ごめんね」と謝ると、相手も、こちらこそ悪かったと謝るものです。多く場合、誠意をもてば「ありがとう」「ごめんね」の2つでほとんどが解決するものです。しかしそれでも相手が受け入れなかったら、もうそれは忘れましょう。
「寛容」の心を持つことが大事ですね。
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他にもプラスに向かわせる方法はありますか?
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私は、「散歩」と「日記」を勧めています。
「いつも歩いている道でも、今日は違った目で見てください、何処に何があるか確認してください、こんなところにこんな花が咲いていたかな?というように、きっと何か見つけることができるはずです。
これは小さいことですがすごいことなのです。
「それをノートに書いてください」と。
そうすると「こんな発見をしました」と書いてきてくれます。
発見する喜びを感じていくうちに、心の「アンテナ」はどんどんプラスのほうへ向いていきます。
色々なものに興味をもつようになり、外に目を向けていくようになります。
たった一輪の花でも、きれいだなと思ったら、心は回復しています。
感情の発露ができ、感動する心を取り戻しているからです。
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ノートに、まとめられるようになってきたら、今度はどうされるんですか?
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まとめてこられると、感想が必ずあります。それに対する会話をしていきます。意見交換をしていくうちに、快方に向かっていって、自分が意識しないうちに、よくなっていきます。「今日は家事をしたけどが、心地良かったです」とか、「楽しかったです」というように。
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そうなると、いい状態でずっといられるのでしょうか。
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またいつ悪くなるかは分かりません。
ですが、一度回復した人というのは、「原点回帰」と言うものがあります。
人は一度癒されたところに帰れば「そうだここで私は治ったんだ」と思い出し、新しい力が湧いてきます。
辛い思いをしてきた人でも、とらえ方で人生は大きく変わるものです。
私の過去を知らない人は、「小山さんってぼんぼん育ちで、何の苦労も知らないでしょう」ってみんな言いますよ。
私は、自分で言うのも何ですが、随分辛い思いをしてきました。
でも、私のことを知らない人の言うことにいちいち逆らわないんです。
「いかにも私は苦労しました」みたいな顔に見られるのもいやですからね。
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