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「子供」から「大人」。
その二つの間にとっても大切な季節があるんですよ。
ある人はそれを「思春期」と呼んだり、別の人は「青春」と呼んだりします。青春を語る「大人」はたくさんいます。でも「思春期」を語れる大人が段々いなくなっているような気がします。
思春期になると、女の子は「女」の体になっていき子作りの態勢を整えていきます。男の子はそういう変化はありませんが、今までは社会的な役割の準備をしていました。共に「子供」時代からすると大きな変化があるわけです。
親子が同じような考え方で生活していた時代は、特に伝達や確かめは要りませんでした。でも、現代は、親子が別の価値観を持って生きています。「親のように」とか「我が子だから」とかいう考えが通じなくなっています。
通じていないことに気付かず、親子関係を行っていくと、問題になりつつある「機能不全親子」や「共依存」などの関係が知らずに出来上がってしまいます。
「そんな大事な季節をどうして親が見過ごしてしまうんだ?」
そこなのです、思春期の子供達の苦しさは。そこなのです、親が我が子に近寄れないのが。
「子供」から「大人」へ。
自由も責任も、権利も義務も、楽しさも煩わしさも、世の中の扱いも・・・立場が僅か数年で変わってしまうのですから、それに見合うだけの「変化」が必要です。
そんな大きな変化を成し遂げるには、個人に閉じこもってのインナートリップを必要とします。また、個人という小宇宙に漕ぎ出すために、外部の人との命綱も欲しいのです。
男の子だったら父親の(母親のも欲しい)、女の子だったら母親の(父親はそれ程欲しくない)結びつきがないと非常に不安定で、それが行き過ぎると「不登校・引きこもり」になったり「摂食障害・自傷行為」になったりする程なのです。
そこを上手に切り抜けられないと「大人」になれずに、精神的に不安定なまま年齢上の「大人」にされてしまい、宙に彷徨っていきます。
芋虫(子供)が蝶々(大人)に変身する前の「サナギ」が「思春期」です。大事に扱わなければいけない季節を、不作法に引き裂いて大人の価値を押しつけますか?
「サナギ」の言い分を聞くには、今一度大人が「サナギ」になる必要があるのです。
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| 2007/8/26 |
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