傾聴 

  ”他者の話を傾聴する”って難しい事でもありますね。
  【傾聴】なんて書きますと、余計に難しく硬くなってしまいます。

  広辞苑では「他者の話を熱心に聞くこと」と、解説されておりますが、
  熱心に聴くとはどう言う事なのか?
  どうすれば熱心に聞くことが出来るのか?

  先ずは慌てない事、聞きながら返す言葉や、自己の意見を一切考えないこと、
  只ひたすら聞くことが大切でしょうね。

  観察を重ねておりますと、過剰に身を乗り出して、
  過剰に頷く方もいらっしゃいます。
  どうもその方の目を見ておりますと、何やら考えておられるように
  思えることがあります。

  こちらが話し終わりますと、案の定、即座に話し出されます。
  私たちも同じことです対象者のお話を、
  区切りが来るまで一言一句逃さないように、傾聴しなければなりません。

  聞きながら答えを探せば集中力が分散いたします。
  家族であれ、友人であれ他者が言いたい事、考えている事は可能な限り
  理解する事が必要です。

  話の途中で答えを探してはダメでしょうね。
  勿論反発もいけません。

  少しでも反発心を感じましたら、もう其処で【対話】は中断したと
  同様の結果に成ります。
  先ずは傾聴し、共感をし、共振することが条件に成ると思います。

  そして、次には自己が話す番です。
  対象者が話し終われば、当然其処には微妙な【間】が空きます。
  その短くて微妙な間が、答え方を考え、話し方を考える時間になります。

  従って傾聴には修練が必要です。
  咀嚼力も必要です。
  傾聴しながら頭の中で整理する必要が有ります。

  勿論、家族などで話すときには、非常に気楽に話せます。
  しかし過剰に気楽になりましたら、夫婦喧嘩の原因になりましたりね。

  夫婦はあくまでも異性なのですから、
  その認知スタイルの差異も心得て置く必要が有ります。


  少し例え話を致しますと、私は大都会から田舎に移住をしてまいりまして、
  他者と雅子妃殿下について話したことが有るのです。
  その人曰く『何も気の毒な事はない、自分が選んだ道だから』
  この一行を頑なに主張します。

  其処には【起承転結】が、全く無いのですよね。
  私の結論は『非常にお気の毒な立場に居られる』ですから、
  決して交わる事が無いのですよ。

  私よりも10歳も年上の男性ですが、
  『起』・『承』・『転』が無くて『結』のみで、ユトリの無さには仰天いたしました。
  失礼な例えですが、4コマ漫画の最後の一つを見て、
  上三つを無視して笑える訳が無いのです。

  成る程なぁ『完全球形状況って、こう云う事なんだ』と、
  改めて痛感を致しました。
  完全球形になりますと、他者の言葉は全て撥ね付けてしまうのです。

  ヘルメットと同じです。
  球形の中から外界を見ますと、歪んで見えるはずですし、
  外界から球形の中を眺めましても矢張り、歪んで見えますよね?
  此れじゃだめなのです。

  他者と話すとき、何が一番大切なツールに成るか?

  それは自己の『ユトリ』でしょう。
  お互いにユトリを持って話す事でしょうね。

  そして、今これから自己が口から出そうとする言葉を、もう一度咀嚼するのが、
  傾聴・対話のテクニックだと、私は心得ております。

  無駄話、馬鹿話を挟むのもテクニックです。
  ストレートあり、フォークあり、カーブあり、シュートあり、
  時にはワイルドピッチも必要なのですよ。

  四角四面で時間を気にしてもいけません。
  タクシーのメーターじゃないのですからね・・・・・
  寄り道脱線にも必ず意義が有るのです。

  お茶の飲み方一つからも、得られるものが潜んでおります。




 谷村 剛臣カウンセラー
カウンセリングルームA/T
(岡山県)


そうですね、相手が満足するまでと、言うわけでは有りませんが「最後まで聞いてあげる事」は、必要だと思います。

最後まで聞きますと、ひょっとしたら共感できるものが、あるかも分かりません。

勿論無いかも分かりませんけれど。議論と論争は違うと思うのです。

途中で対象者の話の流れを断ってしまいますと、折角の議論が論争になるのではないか?論争になってしまいましたら、読んで字の如く「争い」に、なってしまいますからね。

お互いに自己表現或いは自己主張が、等分にできなければ、議論には成らないと思うのです。

谷村 剛臣
(2009/01/14 13:18)
人と話をしていると、いろんな聞きたいことや自分だったらこうしたいということが思い浮かび、つい話の流れを断ってしまって、不満そうな顔をされているような気がします。相手が満足するまで話を聞いたほうが良いということですが、議論の場でも、最後まで聞いたほうがいいのでしょうか。
(2008/12/20 11:11)
私は『ロジャリアン』ではありません。勿論カール・ロジャーズは尊敬して居ります。

小此木啓吾先生・河合隼雄先生・丸田俊彦先生・哲学者鈴木大拙先生等々、尊敬の念を捧げる先生方は沢山居られます。

多分カウンセラーの皆さんは、クライエントさんと対峙する時その手法が違えども『クライエント中心』は必ず、心掛けておられるとも思いますし、民族属性は常に意識されておられますでしょう。

『ロジャリアンがロジャーズを、さも偉そうに』と、書いて頂いて居りますが、それでは真のロジャリアンの方々に失礼ではないか?とは思います。

私の第一規範は『応用心理学研究所事象解析学』なのです。非常に端的に書けば『無意識の意識化』が、基本になって居ります。

私の文言が、誤解を招きましたなら、陳謝を致します

谷村 剛臣
(2008/12/12 21:57)
ロジャリアンがロジャーズの話をさも偉そうに書くのは浅薄に過ぎる。
(2008/12/05 17:45)
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