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『 自他比較 』
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我々人間って、ともすれば自己と他者を比較対照して、
自己評価をしがちになりはしませんか?
これをする場合の大切な事は?
多種多様にあると思うのですよ。
スポーツのように数字で明確に出てくるものは、他者のよい部分を
自分なりに理解して、先ず同様の事を同様に真似てみる。
そして、その技術が体格やその他諸々の条件に合致しなければ、
自己の中で考え努力して、自己に合ったスタイルを編み出してみる事で、
数字が上がってくる場合も有れば、逆の場合も有るのではないか?
要するに他者と自己は、体力的にもセンス的にも、或いは感性も、
全く違った存在である事に気付けて、自己のスタイルを知ることも出来れば、
編み出していく事もできる。
非常にいい例が、今大リーグで活躍しているイチロー選手は、
当初日本球界ではその打法がコーチに受け入れられずに、
フォームの改善を促されたそうですが、
彼は、それを受け入れる事をしなかった。
そこで出合ったのが、故”仰木監督”だったそうです。
仰木監督は彼のスタイルを全面的に受け入れて、イチローを育てました。
勿論、彼のたゆまぬ研究心や努力の賜物では有りますが、
仰木監督に出会わなかったら?或いは監督の度量の広さが無かったら?
多分現在のイチロー選手は存在しなかったかも分かりません。
ならば全てのアスリートが彼と同じフォームを取り入れれば、
彼と同じ成績が残せるか?
これは有り得ない事でしょうね。
自己と他者を比較して、安易に自己評価を決定付ける事は、
避けなければいけません。
自己には必ず自己のスタイル(個性)が有る事を忘れて、
『自他比較』をすれば殆どの場合は失敗をしてしまうのではないか?
私はそのように思います。
極端な例えですが・・・・・3台のエレベーターが有って、
自分は真ん中のゴンドラに乗った。
しかし、そのゴンドラが途中で止まってしまった。
乗った人はそれに気付けなかったと仮定します。(あくまでも仮定です)
そうしますと左右のゴンドラは常に、上がったり下がったりを繰り返します。
その様子を眺めながら、他のゴンドラが降りて行けば
当然、自己は、高いところに居る訳です。
逆に上がって行ったら、自己の位置は低くなります。
これを自己評価に置き換えてみると、正確な自己評価が出来ていない事に
なります。自己評価は常に客観的な評価が必要です。
それを助けてくれるのはスポーツならば『数字』で評価が出来ますが、
我々の人生はそうではなくて、預金の額でもなければ、会社のポストでもない、
企業の役員になったからといって、
果たして本来の人間としての評価は、如何なものか?
勝ち組負け組みなどと言う、馬鹿げた言葉が一時期独り歩きをして、
メディアもその背中を押し捲りました。
しかし、大方の方々が知るとおり、本当の意味での勝ち組の人って、
その資産を社会に還元して居ります。
例えば、その総資産が6兆円超といわれるビル・ゲイツは、その殆どを投げ出して
財団を創り、主には貧困層医療に貢献しようとしておられます・・・・・
ビル・ゲイツの人となりですね。
これは見習うべき他者評価だと思います。
そして、その他者評価から何かを学べれば、確かな自己評価に、
繋がっていきますでしょう。
ちなみにこの”ビル&メリンダ・ゲイツ”財団は、
他の賛同者も得て、今や巨大財団に成長をして居ります。
他者と自己を単純に比較して、それを自己評価にリンクさせてはいけません。
自己には必ず独自の個性がある筈です。
その個性が果たして「是」であるか「非」であるかの判断も大切です。
「非」の部分は排除し、「是」の部分は育て続ける。
人間は、その死を迎えるまで「生涯学びの生き物」と、考えるべきでは
ないのでしょうか?
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谷村 剛臣カウンセラー
カウンセリングルームA/T
(岡山県)
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